水上敏志
 無味乾燥という表現が誰よりも似合う男だと思っていた。本当に高校生なのかと疑う平素の落ち着きようだとか、物事を達観して見据える考え方とか、起伏の少ない表情だとか。そういうのってボーダーの隊員として価値があっても、異性として見ると面白くない。そう思っていた。思っていたのだ。
 口内の粘膜が無理くり荒らされる蹂躙行為とは裏腹に、目の前の水上くんは普段の佇まいを崩さないものだから、ひとりぐずぐずになっていく自分が馬鹿らしく憎らしく思えた。一体どこのどいつだ、異性して見ると面白くないなんて宣ったのは。
 彼と付き合うようになって早一ヶ月。順序よく、お行儀よく男女の恋愛過程を踏まえてきた私達だったのに、ここに来て彼の捉え方が見当違いであったことを存分に思い知らされる。唇を重ね合わせた先から、隙間を広げるように舌を侵入させる彼は、何人もの女をころしてきた相当の手練に違いない。そして何より、そんな情熱的とも取れる行為を前にしても、興奮とか高揚とかの感情とは無関係ですと言った表情を維持しているところ。どんな経験をしたら、キスしてるときに感情を押し殺せるの。それとも、本当に何も考えてないの。だとしたら、きみ、本当に高校生?
「変なこと考えてはりますやろ」
 酸欠に近い私の意識がおかしな方向に舵を取りそうになったのを瞬時に悟ったのか、水上くんは唇を離した。てらりと光る艶めかしい唇から引かれた糸がぷつんと切れるのを見て、ようやく私は絶え絶えの息を整えて声を絞り出した。
「はぁっ、ん、考えてな……い」
「ほんまですか? さんまだ余裕そうやしな……」
「どの口が、っ……!」
 言い終わるより先に、再び唇が触れ合わさって、呆気なく元来た道を逆戻り。最初は互いにかさついた唇だったのに、もう今では湿り気を帯びてすっかり性を貪る器官に成り果ててしまった。水上くんは従順に、貪欲に、私の舌を追い掛けて絡め取り、甘く噛んだり吸ったりする。自分の意識は確実に彼に傾いているのに、一向に彼は私に傾く素振りを見せない。悔しいなあ。くらくらの脳内で少しだけさみしく思った。
「水上くんは、こういうことしてて、楽しい?」
 だからつい、唇を離して息を整える合間にそう尋ねてしまった。口を衝いて出た言葉に、水上くんは目を見開いて、それから眉根を寄せた。あからさまに怒りの感情を発露させている。怖いとは思わないけれど、やってしまったなとは思う。不機嫌になる水上くんが見たいわけではなかった。
「あのですね……楽しくないわけないでしょ」
「……でもあんまり、楽しんでる風には見えないから」
「こっちは必死に隠してますねん。がっつくのもアレやし。……年上なら察してくださいよ」
 いじけたような口振りの水上くんに、初めて私は彼を年下の男の子という意識で見た気がした。無味乾燥でも、かわいい年下で、しっかり男の子なんだ? 実感を得た私の唇がにんまり弧を描くのを見て、彼は「ほら、そういう反応しますやん」と項垂れた。
 腋下に両手を差し入れられて、水上くんが胡座をかいている足の上に座らされる。首筋を舐められ強く吸われて、今日はこのまま次の段階に進んでしまうのか、とはっとした。お行儀よく嗜んできた筈の過程を性急に進めてしまおうとする程、きみは興奮してるし昂ぶっているんだね? そう思っていいんでしょう?