二宮匡貴
※鳩原姉夢主 捏造設定

 初めて会った時、影のある男だと思った。
 雨粒が勢いづいて降り注ぐ日に、私と男は出会った。名前を尋ねられ、そこは自分から名乗り出るものじゃないのと言い放てば、男は渋々名を名乗った。男は名を、二宮匡貴と言うらしかった。
 少し間があって、男の口がスローモーションのように開閉した。雨は一瞬にして止む。違う、そうじゃない。私の賢い耳が余計な情報を遮断したのだ。男から語られる情報を一言たりとも聞き逃さないように。聞き終えて、そして世界は暗転する。私の手から滑り落ちた傘が、行く宛もないくせして風に飛ばされる。男は手に持つ大きな漆黒の傘を私に傾けようとすらしなかった。傘は、その男の仏頂面に似つかわしい影を落としている。降り止んだ筈の雨音がまた聞こえ出していた。


 男のこじゃれたジャケットは雨を吸い込み、随分色濃くなっている。駅で男に出会い、大学へ向かうまでを共にするはめになったのは数十分前の話だ。舌打ちでもしてくれそうな程、顔を歪めた男は先々歩を進める。しかし目的地が同じなので着いていくほか仕様がない。そうして小雨が降り出した。私は折り畳み傘を常備していたが、どうやら前方を歩く男は珍しく傘を持っていないようだ。その証拠に足取りが早くなった。早足で駆ける男の歩を遮ったのは、けたましく音を鳴らす踏切だった。運良く、いや、運悪く? 私も男に追い付いてしまった。周囲は住宅街が広がっていることもあり静寂に包まれている。男と私以外には誰もいない。見るに耐えかねて、私は自身の持つ傘を男に傾けた。ちっと舌打ちが聞こえる。でも、それだけだった。手で払いのけられるか、怒声を浴びせられるかまで予想していたのに、少し拍子抜けだ。電車が通り過ぎるまでの間、暫しの沈黙。横を盗み見るとやはり傘が男に影を落とし込んでいた。
──鳩原未来は失踪した
 私にとって唯一無二の妹の失踪を告げたのは、他でもない二宮匡貴だ。顔色一つ変えずに事実だけを述べた彼を冷酷非情な悪魔だと罵ることは容易いが、それは余りにもお門違いというものだ。彼は彼なりに、妹を気にかけていたことを今なら理解できる。
 濃色の傘とは違い、淡色で装飾された私の傘では織りなす影も淡い。二宮匡貴は影を生きる男だ。こんな、光差す場所は似合わない。いつまでもそうして、妹を追い続ければ良い。鋭い瞳の奥には妹だけを映し込んで、私なんかは見てくれなくていい。けれどもし叶うのなら、二宮匡貴に傘を差し出すのは、私だけであって欲しい。