五条悟
「傑を殺したよ」
 五条の薄い唇は淡々と事実だけを告げた。受け取り手のも、淡々と事実を呑み下した。
 かつての旧友。五条にとっては最上位に位置する、たった一人の親友。唯一を殺めたと告白する五条は、何の色も持たない無味の表情をしていた。白の包帯の下に潜在する眼球が、この世の神秘を寄せ集めたような彩を放つ双眸が、彩も明も失い澱みの海に堕ちてしまっていることを、は包帯を取らずとも分かり得た。
 徐には両の手を伸ばす。五条の目線の高さに巻きつけられた包帯を掴み、慣れた手付きで外していく。現れ出た彼の瞳は、迷うことなく一直線にだけを捉えた。は外し終えた手を五条の頬に添えて、引き寄せる。
 ふたりの距離が狭まる。額を触れ合わせるだけの淡い接触によって、互いが持ち得る熱がほんの少し入り混じった。零距離で交錯する視線は恥ずかしみもなく、互いだけを、互いの瞳だけを映していた。
「悟、私を見て」
 突拍子もなくそう言う。今この瞬間も、相手以外の介入を許すことなく見つめ合っているのに? 五条は眼だけで笑った。
「見てるよ。包帯取らなくたって見えてる」
「そんな布切れ越しに見ないで。何の隔たりもない、ありのままの私を見て」
「その表現、真っ昼間から卑猥すぎない?」
 五条はそう言って茶化したが、の表情は真面目そのものだった。
 次いで、は五条の手を取り、自分の腰の縁に手を添えさせた。ボディラインをなぞらせるように手の甲の上から自分のそれを重ねて、導いていく。
 視線は移ろうことなく、直視したまま。
「悟、私の瞳も声も身体も、ぜんぶ知って。貴方だけが知って」
「……
「悟だけが、この私を生かし続けられる。貴方は奪うだけではないよ」
 五条悟という存在を明瞭に映し出して縁取る瞳も。
 五条悟の放つ言葉に愛情を上乗せして返す声も。
 五条悟だけが知り得る、やわらかで繊細でとめどなく好きを溢れさせる身体も。
 すべて、五条によって生かされている。彼を最強たらしめる物理的な才によってだけではない。もっと根幹的で、本質的な部分。の全身全霊が、それこそ細胞レベルのありとあらゆる彼女の構成要素が、彼なくしては生きられないと戦慄くのだ。
 はそう意味を込めて五条に語らい掛けた。貴方は生を奪うだけでない、生を与えているのだと。そう伝えたかったのだ。
 五条の手が震えていた。覆い被せた手に強くちからを込める。長身を屈めて至近距離を維持していた五条の瞳は、決してまだ本調子ではなくとも、少しの彩りを取り戻した。透度の高い純潔のアクアブルーが、水の膜をはって揺れている。
 今は、それで十分だ。は彼を抱き竦めた。
「僕に手をかけさせるようなことしないで」
「そんなことしないよ」
「傍にいて」
「ずっと一緒にいるよ」
「……置いてくな」
 最後の言葉は誰に向けた言葉だったのか。
 を少し思い留まったが「置いていかないよ」とはっきり答えた。明確な意思表示。己はたゆたうことなく隣に居続けるという、強靭で確固たる意思を持って、はそう答えた。背中に回された五条の腕のちからが強くなって、あわいがなくなるまで抱き締め合った。
 親友を殺めて今は見えない血に染まったこの手を、どこまでも離すことなく繋ぎ留めておかなければならない。彼の手はにとっても、親友の──夏油にとっても、生を奪うだけの血みどろの禍々しいものではなく、ひとを守るために象られた慈愛に満ちた手であると、そう思うのだ。
 を祈りを紡いで、五条の背中をさすった。
 願わくば、このひとがもう、かなしくさみしい想いをするのはこれっきりでありますように。